情熱と探究心が実らせた「相模原ワイン」
ケントクワイナリーは、相模原市では唯一、神奈川県でも4軒しかない日本ワインのワイナリー。ブドウ園は市内4か所に計7,000㎡あり、ブドウの栽培からワインの醸造まですべて行っています。2015年からブドウ栽培を始め、「さがみはらのめぐみワイン特区」の認定を受けて2023年4月に250本の自社醸造ワインを初リリース。
知識や経験のないところからスタートしたワイン造り。相模原で栽培したブドウでワインを醸造したいとの思いから、市に働きかけて実現した「ワイン特区」の認定。持ち前の探究心と向上心で相模原ワインの未来を切り開く、ケントクワイナリーの森山錬一さんにお話を伺いました。
ワイン造りなんて「絶対に無理」だと思っていました
ケントクワイナリーの母体である大森産業株式会社は、建築廃材を再生資材にリサイクルする企業として、1978年(昭和53年)に相模原市で創業しました。森山さんは今でも営業担当として、本業とワイナリー事業を掛け持ちしています。
「最初にワイン造りを始めると会長(当時社長)から聞いたときは、絶対に無理だと思いました。従業員の再雇用策、農業振興を通じた地域貢献として『八咲生農園』という農園事業を始めたのですが、そこでブドウを育ててワインを造りたいと。会長はもともとワインコレクターで、大野台に以前あったゲイマーぶどう園にもよく通っていたそうです。ゲイマーぶどう園がなくなって、寂しかったのもあるんじゃないですかね。当初は会長の熱量に当てられて仕方なく始めた感じでした」
ゲイマーぶどう園は戦後から2004年まで続いた相模原のワイナリー。森山さん自身はゲイマーワインを飲んだことがないと言います。会長が持ち続けた、途絶えた相模原産ワイン復活への想い。その想いに引き込まれるような形でワイン造りの研究をはじめた森山さんは、インターネットや多くの文献をあさり、時には国内のワイナリーに出かけて知見を広げていきました。調べれば調べるほど、そのハードルの高さを実感したそうです。
「神奈川は降水量が多くて気温が高く、朝と夜の寒暖差も少ない。ワイン用のブドウを生育するには向いていない土地なんです。『ワインは農産物』と言われるように、ブドウの出来で味が決まります。農園のまわりが森林なのか田んぼなのか、動物や虫がいるかなど、天候だけではなく、あらゆる環境が影響します。現在4つの農園で15種類の品種を育てていますが、まだまだ試行錯誤しているところです」
2019年。初収穫のブドウで醸造したワインの味
2015年からスタートしたブドウ栽培。ブドウを植えて収穫できるようになるまでには3〜4年がかかるといわれており、2019年にようやくワイン醸造ができる収獲量まで増えました。横浜市にある横濱ワイナリーに持ち込んで委託醸造をお願いし、できあがったワインを初めて飲んだときの感想を、森山さんはこう語ります。
「その時は、あまりワインの味も分からないから、こんなものかなと。それでも、いろいろ手をかけていくうちにやっぱり愛着が湧いてきて。会長のひと声で始めたワイン造りですが、収穫したブドウを前にして、『自分たちが造ったワインです』と自信をもって言えるところまで頑張ってみよう。相模原で育ったブドウを相模原で醸造する正真正銘の『相模原ワイン』を作りたい、と思えるようになりました」
製造したワインを販売するため、酒類の小売業・卸売業の免許を取得。飲食店や酒屋などの販路開拓を行う中、農園も拡張。1か所からスタートした農園も2019年には3か所に、2021年には4か所目を開園。徐々に収穫量も増えてきました。
「一番新しい4か所目のブドウ園は、これまでの経験を生かして、自分の手で一から計画・設計したブドウ園です。土づくりから樹間(株と株の間の距離)まで、こだわって設計しました」
農園の規模も大きくなり、ブドウ栽培が軌道にのると、いよいよ目標だった自家醸造にのりだすことになります。
「さがみはらのめぐみワイン特区」認定。そしてドメーヌへ
ワインを醸造するためには、酒税法で定められた酒類製造免許が必要です。免許を取得するためには、1年あたりの最低製造数量基準が定められています。ワインをはじめとする果実酒の場合は年間6,000リットル。750mlボトルで8,000本になります。ケントクワイナリーで生産しているブドウで造れるワインは5,500本程度。酒税法で定められた量には足りませんでした。
「8,000本のワインを造るためには約10トンのブドウが必要です。私たちの農園の収穫量は6トンくらい。ワイン醸造を事業にするためには、足りない分のブドウを他のブドウ園から買ってこなければいけませんでした。でも自分たちで栽培したブドウだけでやりたいという思いが強くあったんです」
農地を増やすためには時間や人手が必要。年月もコストもかかるため、製造数量が少なくても免許が取れるワイン特区(※)の認定を目指すことになります。森山さんが最初に市役所を訪れたのは2018年のこと。農政課の窓口でワイン特区の可能性について相談をしましたが、最初はなかなか話が前に進みませんでした。
「私自身、特区制度に関する知識がまったくない状態でした。最初は市の協力が必要な理由をきちんと説明することができなかったんですね。他自治体の事例などを調べながら資料を作り込み、2020年にもう一度掛け合いました。地元のブドウを使ったワイン造りは相模原市の農業振興につながると、今回は市役所の方々も親身に対応してくださいました。川崎で神奈川県初となるワイン特区が認定されるなど、全国的な農業政策推進の機運が高まっていたタイミングもあってチャンスが巡ってきました」
2021年3月、相模原市が「さがみはらのめぐみワイン特区」として国から認定を受けることに。年間最低製造数量基準が果実酒2,000リットル、リキュール1,000リットルに緩和されました。
特区認定を受け、ケントクワイナリーは2023年に果実酒製造業免許を取得。醸造所もオープンし、いよいよワイン醸造がスタートしました。完成したのは、シャルドネ、アッサンブラージュロゼ、マスカットベリーAブラン、スパークリングワインなど7種類。相模原市で育ち造られた、正真正銘の「相模原ワイン」がついに誕生しました。
※特区…2002年に施行された構造改革特別区域法に基づく指定を受けた特別区域のこと。全国一律の規制を緩和し、税制面での優遇等により、地域の活性化を図ることを目的としている。
相模原だからできるワイナリーの新しい形
「さがみはらのめぐみワイン特区」には、ブドウだけでなく他の果実が含まれていることが重要だと森山さんは言います。
「ワイン特区にはブルーベリーやイチゴ、キウイフルーツ、ナシなど7品種の果実が含まれています。これらは相模原市内でも育てている農家さんが多い果物です。中でもブルーベリーやキウイフルーツはワインにもしやすい。ブドウを使ったワインの醸造時期は10月から翌2月頃まで。残りの期間を使い、ブドウ以外の果実を使ったワインも造り始めています。2023年はブルーベリーを使ったワインを、今年は、イチゴのワインの醸造も始めました。出荷シーズンを終えた時期のイチゴを市内の農家さんからかき集めて、ようやくひと樽分くらい集まりました。まだまだ量が少ないですが、地元の人に楽しんでもらえたらと思って取り組んでいます。これからも地域の特産を使ったワイン造りもすすめていきたいですね」
近年、消費地の近くで醸造する都市型ワイナリーが多く生まれています。東京や神奈川はワインの一大消費地。ここ10年でワイナリーの数は倍以上に増えています。ただ、このようにブドウを仕入れてワインを醸造する都市型ワイナリーのスタイルにも変化が現れていると森山さんは言います。
「都市型ワイナリーとして始められた方も、自分たちの農園を持ち始めています。ワイン醸造をしていると、自分たちが栽培したブドウで造りたくなるんですよね。それでも、自家栽培のブドウだけで造っているところはまだ少ない。いわゆるドメーヌ型といわれるワイナリーは首都圏ではウチだけです。そこは誇りに思っています」
ケントクワイナリーは森山さんともう一人のスタッフで運営している小さなワイナリー。ブドウの収穫期になると、SNSでボランティアを募っているそう。協力してくれるのはワイン愛好家や農作業が好きな地元の方々。こうした繋がりを大切にしていきたいと森山さんは語ります。
「これからは収穫体験や醸造体験、醸造所の広場を利用した試飲イベントなども行い、地域の皆さまにワイン造りの楽しさを広められるワイナリーになりたいです。年に一度のワイナリーアワードにもチャレンジしたいですね」
ケントクワイナリーのワインは市内の酒屋や飲食店など各所で購入、飲むことができます。また、看板商品「MEGUMI」は、相模原市のふるさと納税返礼品としても人気です。森山さんの想いと相模原の恵みが詰まったワインをぜひ楽しんでみてください。
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ケントクワイナリー
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