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自然環境と教育を求めて移住した相模原・藤野地区でタンザニア産カカオのBean to Bar チョコレートができた理由

「やっぱり自然の豊かさが決め手でしたね」
 
柳田真樹子さんは2015年に神奈川県相模原市藤野地区への移住を決めたいちばんの理由をそう話します。
 
相模原市の中でも山梨県との県境に近い藤野地区は、水と緑に恵まれ、昭和の初期から移住者が多い地域です。JR中央本線藤野駅から新宿駅までは最短59分というアクセスの良さもあり、都会に近い田舎として、移住者と古くからの住人が共存しています。
 
そのおかげで独自のコミュニティが生まれ、さまざまな活動が展開されています。柳田さんが運営している『藤野良品店』も、柳田さんご本人が持つ実行力に加えて、地域の人たちの後押しやサポートが加わったことで誕生しました。
 
会社員としてのキャリアを離れ、藤野での暮らしを選択して約9年。柳田さんの暮らしにはどのような出会いがあって、現在の活動に繋がったのでしょうか?

プロフィール
柳田真樹子(やなぎだ・まきこ)藤野良品店代表
1975年3月広島県生まれ。大学院では環境工学を専攻し、環境機械メーカーで設計開発に従事した後、教育業界に転職。2015年の第1子小学校入学を機会に、勤務先を退社して、自然豊かな環境とシュタイナー学園、トランジションタウンに魅力を感じた藤野での暮らしをスタート。2年ほど主婦業と子育てに専念した後、夫が仕事で関わるタンザニアのMatoborwa社が作るドライフルーツを日本で輸入販売しようと『藤野良品店』を立ち上げる。藤野地域での交流がきっかけとなって、タンザニア産カカオ豆から作るBean to Bar チョコレートの製造販売も始める。2023年6月現在、シュタイナー学園の広報、『森のイノベーションラボ FUJINO(通称:森ラボ)』のスタッフとしても活躍。


環境と教育への関心からたどり着いた藤野への移住


柳田真樹子さんは広島県の観光地、嚴島神社を対岸に臨む地域で生まれ育ちました。広島市内の高校に通っていた頃、地元の景色が人工的なものに変わっていくことや、河川の汚れに問題意識を持ち、大学と大学院では環境工学を専攻。大学院修了後は、環境機械メーカーの開発職として、太陽光発電やごみ焼却炉などの開発・設計に携わっていました。
 
開発・設計の仕事で、高校時代では大学受験だけを目的に学んだ、物理や数学の知識が実務に生かされていることを知ったことが一つの転機に。

「例えば、微分積分の考え方は水道管を設置するときの計算にも使われます。でも学校の授業で、この知識が社会でどんなふうに使われるのかなんて教えてくれませんよね。メーカーで開発していた環境装置も、使う人たちの環境に対する知識がなければ成り立ちません。こういったことが教育に意識が向かうきっかけになりました」

そして教育業界に転身し、ゲームで国際問題を学ぶ事業や、科学実験教室事業の立ち上げに参加。子どもたちが直接手を動かし試行錯誤する体験から学びを得ることに重要性を感じるようになりました。その間に、プライベートでは2人のお子さんが誕生。第1子の小学校入学を控えた時期に会社勤めを辞めて移住を決意します。
 
移住先に藤野を選んだのは、豊かな自然とシュタイナー学園の存在が大きな理由でした。加えて港区内の企業に勤務する夫にとっても通勤が可能な距離。そして「トランジション藤野の取り組みにも惹かれました」と柳田さんは付け足しました。
 
イギリスで生まれたトランジションタウンの活動は、市民が自らの創造力を発揮しながら、地域の底力を高めるための実践的な提案活動を行うとされています。活動のひとつ、『藤野地域通貨よろづ屋』を利用するためのメーリングリストの存在が、柳田さんと地域の人たちを近づけました。
 
このメーリングリストでは、地域住民が助け合うための情報が頻繁に投稿されます。地域通貨でお礼をするから送迎をして欲しいとか、不要になった子ども服や自転車が必要な人はいないかといったやり取りから、あの道が大雨で通れなくなった、あの付近にクマが出たといった注意喚起に至るまで、参加者が主体的に発信しているのです。

藤野での出会いが背中を押したタンザニア産カカオのチョコレート作り

一つひとつ手作りのチョコレートは環境負荷の少ない紙で包装

『藤野良品店』でも、特にチョコレート作りは、柳田さんがこのメーリングリストで出会った人たちの後押しがあって実現できたと言っても過言ではありません。

「仕事を辞めて子育てに専念して2年もすると、何かやりたいなという気持ちが湧いてきました。ちょうど夫がタンザニアでのドライフルーツ工場設立に関わり始めたので、応援のために日本へ輸入販売することにしたのが『藤野良品店』のスタートです」

アフリカ大陸の東部に位置するタンザニアは、トロピカルフルーツが豊富な国です。柳田さんの夫、啓之さんは、農産加工分野でタンザニアに雇用を生み出すためのプロジェクトに従事していました。ドライフルーツを作る工場では、働く人には決まった日に給料を支払い、生産者には契約農家として契約し、安定収入を保証しています。教育を受ける機会を得られなかった働き手たちが安定して暮らすことができるようになり、子どもたちも教育を受けられるようになったのだとか。

タンザニアから輸入して販売しているドライフルーツ。オンラインや藤野地域のお店でも買える

その事業を応援しようと、柳田さんがドライフルーツの輸入販売を始めたのが2017年。2018年にはチョコレートの製造販売も開始しました。当初、想像もしていなかったチョコレートの製造販売は、タンザニアで栽培されているカカオ豆を夫の啓之さんが出張土産に持って帰ってきたことがきっかけでした。
 
インターネットの情報を頼りに、実験でもするかのようにチョコレート作りにチャレンジすると、「カカオと砂糖しか入れていないのに、ラズベリーみたいな味がする!」と感動的な出来上がりに。柳田さんは藤野の友人たちにチョコレートを振る舞いました。すると試食した人たちからも絶賛され、「販売した方がいい」と勧められました。芸術家の多い藤野らしく、パッケージのイラストやデザインでサポートしたいと手を挙げてくれる人や、製造に必要な場所や情報も集まってきました。こうしてタンザニアのカカオを使ったBean to Bar チョコレート※の製造販売が始まったのです。
 
※「Bean(カカオ豆)からBar(板チョコレート)」を意味し、カカオ豆の調達からチョコレートにするまでを一貫して手掛けたチョコレートを指す。

パッケージだけでなく、チョコレートを流し込む型のデザインも藤野に住む人が担当してくれた

「藤野には、なにかしらできる人がいるんです。例えばイラストを描ける人、デザインできる人、道具を作れる人、広告やマーケティングに詳しい人もいるし、工房を貸してくれる人もいる。以前住んでいた川崎にも、いろんなスキルを持つ人がいたはずです。でも横のつながりがありませんでした。藤野ではお互いが繋がっているから、アイデアと意欲、体力、そして少しのお金があれば、実現できるんですよね

柳田さんがチョコレート作りを行う工房がある「ゆずの里ふじの」

柳田さんは、藤野地域にある「ゆずの里ふじの」の工房を間借りし、秋から冬にかけて、家族でチョコレートを作っています。カカオ豆の焙煎には、藤野産の炭を利用することで環境に配慮。失われつつある地元の炭焼きの保存を行う「篠原(しのばら)の里 炭焼き部」から炭を仕入れています。

カカオの皮を使ったクラフトカカオコーラ。炭酸水で割って飲む。

2022年にはクラフトコーラの素も開発。チョコレートの製造過程で廃棄されていたカカオ豆の皮にスパイス類を合わせることでごみを削減しています。
 
今も環境をテーマにもつ柳田さんは、「いつかは100%自然エネルギーでチョコレートを作りたいですね」とも。

地域にある寛容さと主体性が生み出すつながり


遠いアフリカのタンザニアと藤野を繋ぐ事業を行う柳田さんですが、『藤野良品店』の活動とは別に、2つの仕事を掛け持ちしています。1つはシュタイナー学園の広報、もうひとつは藤野駅近くにあるコワーキングスペース『森のイノベーションラボ FUJINO(通称:森ラボ)』のコミュニティファシリテーターです。
 
『森ラボ』では近隣に住む人たちがこの地域の課題を解決したいとそれぞれのスキルを持ち寄り、勉強会が開かれることも多くあります。柳田さんはそういったイベントのスケジュール調整とホームページやSNSでの告知を担当しています。
 
「『森ラボ』は、きっかけを作っているだけなんです。集まってきた人たちが、こういうことをやりたいと話して、実現させています」と柳田さん。やはり藤野の人たちは、どうしたら地域や社会がよくなるかに目を向けている人が少なくないと言えそうです。

地域の交流拠点となっている『森ラボ』

藤野での暮らしが9年目を迎えた柳田さんは、地域のあちこちで生まれる活動やイベントを通じて、たくさんの人と繋がりを持っています。

「子育てでは、藤野の人たちが持つ寛容さと自然の豊かさに助けられてきました。小さい子を連れて食事に行っても、親子でゆっくり食事ができる雰囲気がありました。わざわざ特別な場所に連れて行かなくても、木の実がおもちゃ代わりになるし、動物を飼っている人のお宅で羊や鶏などと触れ合うこともできました。子ども用の自転車なども地域通貨のよろづ屋でやりとりするから、あまりお金がかかりません」

ティーンエイジャーになった柳田家の子どもたちは、藤野で英会話を習ったり、バスケットボールのチームに入ったりと、シュタイナー学園以外の課外活動でも充実した時間を過ごしています。

キャリアの迷いは尽きないからこそ常に動いていたい

「新しいことを始めるのが好きな性分なんです」と自己分析する柳田さん。環境や教育事業でキャリアを積んだ後、『藤野良品店』でも、ガトーショコラや、コーラなど着実に新商品をいくつも開発。シュタイナー学園の広報としての仕事を並行して行ってきたことに加えて、『森ラボ』 のスタッフとしても活躍。働き方そのものを広げる姿は、アクティブそのもの。
 
しかし、転職、出産、退職といったこれまで経験した節目には、多くの人と同じように不安な気持ちを抱えていました。それだけでなく、自身のキャリアには、今も迷いを感じています。「だからこそ、いつも動いていたいんです」と、動き続けることで、答えを模索してきました。
 
今や2人のお子さんは中学生になり、柳田さんにとって子育てに使う時間も変化。
「ここの地域にいると、みんなが色々なことをやっているので、刺激が多くてやりたいことがいっぱい出てきちゃうんですよね。忙しいけど楽しいです。」と笑顔で語ってくれました。
 
現在柳田さんが課題に感じていることのひとつが、シュタイナー教育に代表されるオルタナティブ教育を取り巻く現状です。例えばシュタイナー教育を実践する学校は全国に十数校ありますが、そのうち学校法人として運営しているのは相模原にあるシュタイナー学園ともう1校だけで、残りはNPOとして運営されています。

「他にも、モンテッソーリやサドベリーといったオルタナティブ教育を行う学校があります。
どれもそれぞれ優れた教育方法です。もっとそういった学校が増えたらいいなと思っています。」

シュタイナー教育を広めるために、まずは先生を育成して増やしていこうというプロジェクトも立ち上がっているそうです。
「どこかの大学で講座を開くと、オルタナティブ教育の先生になりたいという人も増えるかもしれませんね」とシュタイナー学園広報としての顔ものぞかせました。
 
また、これからやってみたいと目を輝かせるのが、海外でのビジネスについてです。

藤野の茶畑でできたお茶がジョージアで飲まれることもあるかも?

例えば、藤野から移住した友人家族に会いに、先日家族で訪れた東ヨーロッパの国、ジョージアでは、8,000年以上の歴史があるというワインづくりや、現地でブームになりつつある抹茶に着目。すでにいろいろな構想をめぐらせています。
 
お茶といえば、藤野地区にも茶畑がありますし、お酒ならクラフトビールも作られています。ぶどうを育ててワインを作ろうとしている人もいます。近い将来、柳田さんのエネルギーによって、ジョージアと藤野地区に住む意欲ある人たちが繋がって、新たなカタチの事業が生まれるかもしれません。

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■藤野良品店
https://www.fujinoryohinten.com/
 
■学校法人シュタイナー学園
https://www.steiner.ed.jp/
 
■トランジション藤野
https://ttfujino.net/
 
■ゆずの里ふじの
http://fujino.main.jp/?p=778
 
■篠原(しのばら)の里
https://shinobara.jp/shinoba

■森のイノベーションラボFUJINO
https://morilab-fujino.jp/